無料ブログはココログ

イベント情報

図書紹介

  • 図解でわかる心理学のすべて

« なっちと | トップページ | 新学期ストーム »

「あの世」に近い場所

「あの世」に近い場所
春休みの思い出に南紀地方に出かけました。一足早く桜は満開で穏やかな旅でした。
世界遺産で話題の熊野古道も少しだけ歩くことができました。
写真は「大門坂」那智山の神域の境目となる夫婦杉。樹齢は八百年。行き交う旅人を見守り続けてきたのですね。
熊野を訪れるにあたって予習したところ、熊野は都から見て地の果て。
祀られている神々はイザナギ・イザナミ、大国主、スサノオ。つまり日本を作り代替わりして都からはしめだされてしまった神々と言えます。
ここから先はあの世とばかり樽に詰められ海を漂流して仏となる補陀洛渡界という行もあったと聞くので、冥府に近いイメージがあったにちがいない。
ほんの数百年前まで、人々にとって「あの世」は目に見える距離だったのかもしれないと気付きました。
人はいかにもはかない存在であったのでしょう。
私たちは健康に産まれるのが当たり前、病気は医者が治して当たり前、学校に行けば勉強ができて大人になって進学するのが当たり前と、いつ頃から考えるようになったのだろう?と首をかしげました。
満開の桜にうっとりしながらも、熊野の海が人の命の境界線を示してくれた深い旅でした。

« なっちと | トップページ | 新学期ストーム »

コメント

タイトルが怪しげだったのでドキっとしましたが、南紀地方に行かれたんですね。写真は京都や奈良とは違った日本の歴史が感じられました。桜も満開でこういうところを家族で歩いたら、日常の忙しい日々も忘れて穏やかな気分になれそうですね。

なんでも日本の神社仏閣のなかには、怨念封じの寺社がいくつもあって、それは偉人が時代の流れで葬り去られた場合怨霊になって祟ると信じられていた時代のために現世では暗殺しておいて、神社で手厚くまつるということだったようですよ。梅原猛さんの「隠された十字架」では法隆寺と聖徳太子や、出雲大社と大国主などがそれにあたると紹介されています。天神様の菅原道真もそうかな。確かに法隆寺や出雲大社って、なんとなく「しーん」としてるの。なんででしょうね。熊野三山もそうでした。沿道にはお土産やさんも軒を並べてるのになんだか静かなムードなんです。
バスの窓から熊野川の石の川原を見て「賽の川原」を連想したのも、そんな関係でしょうか。子どもの頃聞きませんでした?子どもが事故などで亡くなると三途の川が渡れずに賽の川原で家族のために石を積み「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため」と歌うと、鬼がやってきてそれを壊す。永遠に繰り返されるというお話。
そういえば熊野川から七里美浜を過ぎると鬼が済んだという鬼が城!昔は黄泉の国との境だと本当に信じられていたのかも。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「あの世」に近い場所:

« なっちと | トップページ | 新学期ストーム »