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明日香・吉野社会見学 その1

Kc380033001 Kc380034002 毎年春には明日香を訪れるのが20年近い家族行事になっています。春の明日香は蓮華畑が美しく、空気も良くて最高に美しいのです。お弁当を持って行ったり、レンタサイクルであちこち回るのが楽しくて、続いています。

今年は少し早めに今日行ってきました。途中で社会の資料集で見ていて、いつか訪ねてみたいと思っていた談山神社の標識が目に入り、訪れてみることに。

645年蹴鞠の席で中大兄皇子が飛ばした靴を手渡した中臣鎌足が手を組み、蘇我入鹿を謀殺して皇子が天智天皇に即位したのが、有名な大化の改新です。

談山神社とは、蹴鞠で知り合った皇子と鎌足が暗殺計画を練った場所だそうで、入鹿の首が中に舞う、有名な絵巻物の実物が展示されていました。

絵巻物の他には、鎌足が改新の功績によって藤原姓を賜って以来、現代まで脈々と続く藤原の権勢が紹介され、日本人の3分の1が藤原氏の子孫だということで、藤原系列の苗字一覧表があったり(ちなみに、「米田」は藤原ではありませんでしたが、私の旧姓「保田」は藤原でした。)、蹴鞠をしていた広場などなど、1300年以上前の日本の歴史の証拠となるものあり興味は尽きません。

これまで、聖徳太子の生まれた寺「橘寺」、日本最古の仏像がある「飛鳥寺」、天孫光臨伝説の「雷(いかづちの)丘」などと共に、明日香に行くと訪れた「伝板葺宮跡」は、大化の改新が行われた宮殿があった場所と言われて、そこで講釈をしては歴史を体感させるようにしていましたが、今回訪れた談山神社のある「多武峰山(とうのみね)」は石舞台古墳の真裏とはいえ、車でもなければとても行ける場所ではありませんし、相当高い山です。行ってみて実感したのは、「こんなに明日香から離れた場所でなければ計画を練るのが危険だったんだね。」ということでした。

しばらくして「談山の談って談合の談。」と気がつきました。和語では「かたらいやま」と呼ぶそうですが、血生くさい「かたらい」だったのですね。歴史はかなり血なまぐさいものです。それを学び、繰り返すまいと考えることはとても大切ですし、奇麗事だけで世の中が回らないということを、大化の改新を実感することで知って欲しいと思います。何が必要だったのか、なぜこんなことが起きたのか。教科書を読んで一方的に信じるのではなく、「都からこんなに離れた山の中で慎重に諮らなければならなかった陰謀と、それを歴史は正しいとした」という冷静な態度を持って欲しいと思いました。

門前町で素朴なこんにゃくの味噌田楽を食べ、絶対お値打ちな朝取りの椎茸を買い、明日香へと下って行きました。 

次回はあの「亀型遺構」と「酒船石」について。

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