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桃太郎の埋蔵金を探せ

080522_111102001_2  今日はアトリエ・ラボラトリーメソッドの日でした。箕田公民館の第二会議室では少々手狭なほど参加者があつまり、今日は15人の大所帯。ファシリテーターが3人で6名ずつ2つのグループに分かれてのグループワークを実施しました。課題は桃太郎の埋蔵金を探すゲーム。ちょっとした推理ゲームです。

みんながもったばらばらな情報を一つにして宝のありかを特定するゲームの中で、自分やグループの構成員はどんな発言をして、どんな関わり方をしていたのかに気づく。グループがどんな雰囲気で課題を解いていったのかに気がつこうというエクセサイズです。

初めて参加の方も多く、日常のママさんのつきあいとはかけ離れた作業で戸惑っている向きもありましたが、みごと時間内に両チームが正解。

課題に勝敗や時間が決められると俄然はりきる元気ママが多いのは毎度のことですが、その際どうしても課題に集中してしまって、一歩引いてそこで起きていることに目を向けることができないママが多いことも事実。

置いてかれている人や弾き飛ばされる人はどうなるの?そんな体験を通して実生活でも目先の結論にとらわれず、自分や人の関わりに目を向けていきましょう。それこそが本当のリーダーシップとファシリテーション。

Pm_2  課題で頭がいっぱいになる方のために、こんな考え方をご紹介しました。PM理論という課題達成のためのグループプロセスです。グループの維持と課題達成のためには、課題達成機能と集団維持機能があり、この両方が機能しないと結局は効率があがらないということを説明したものです。企業研修などでもさかんに紹介されているのですが、家庭の主婦にはぴんとこない発想かもしれません。つまり「みんなが楽しく参加すること」によって、意見が活発に出て、いわゆる「雰囲気が良く」なるために課題達成の能力も高くなるということ。厳しいだけの上司では営業成績もあがりませんことよっと賢い妻は夫に耳打ちしてあげてください。この理論は社会心理学で証明された理論として普及しています。

私たちもこの考え方を学んで、身近な集団で生かしていきましょう。わきあいあいのふぁすの仲間が一緒に活動をすると失敗がないのも、きちんとこうした考え方を尊重して互いの力が最大限に発揮できるからなんですね。

参加された方はコメント欄に感想や反省をお寄せください。

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コメント

今回は臨時?ファシリテーターとして、皆さんの様子を見させていただきました。
メンバーによって目標を達成させる過程が違ったり、雰囲気が違ったりすることが興味深かったです。
私自身のふりかえりとしては、サブのファシリのつもりでしたが、つい、リードファシリの方に「ああする?こうする?」と要所要所で口出ししてしまい「あ!私また出しゃばったことをしてしまった!」とお口にチャックを意識しました。
ついつい余計なお世話をしてしまう(仕切りたがり!?)ところを、今後注意していきたいと思いました。
また、ファシリとしては、自分の納得のいく発言はできず、自分の役割がよくわからないまま終わってしまいました。リードファシリのふりかえりでの言葉で「〇〇だったのはどうしてでしょうか?」という参加者への問いかけの仕方は、相手を尊重しながら、丁寧に、そして上手に気持ちを引き出し、振り返りができていたように思います。
とても参考になりました。
ただのゲームではなく、その時自分がどのように行動していたか、をもう一度よく振り返り、「あ、私ってこういうところがあるなぁ」とか「こんな風に見られてるんだなぁ」「こんな意味があったんだなぁ」と記憶しておいてください。
日常で「なんかうまくいかないなぁ」と思った時に、「あ!そういえば!」と思い出してみると、うまくいかない原因がわかるかもしれませんよ。

昨日はありがとうございました。
うまく金塊が見つかり気持ちもすっきりですが、
ゲームに入り込みすぎて周りの人がみえていませんでした。
グループでやっているからには、自分だけが理解しているのではなく、誰もが理解しているか、話せていない人がいないか、一つ一つゆっくり進めていく必要があったのですね。理解してなかったです。
次こそは周囲とのかかわりを、一歩引いてみることができればとおもいます。
 以前サバイバルで、自分の答えが正しいと思い込み人の意見をまったく聞かず、、、結局自分の答えが間違いだった教訓を生かして最近はなるべく自分は正しいと思い込まずに、人の意見も聞けるように努力しています。
 ふりかえりは、
「あ、私ってこういうところがあるなぁ」とか「こんな風に見られてるんだなぁ」「こんな意味があったんだなぁ」とふだんだれも言ってはくれないきずきをくれるばしょですね。
 プラスの言葉は私にこのままの自分でいいのだ
とちからをもらいます。
 

アトリエ・ラボラトリーメソッド、カタカナが左耳から右耳に抜けること半年。ゲーム主でなく、ふりかえりの大切さが分かるのに一年。最近になってようやく色々考えながら進められるようになった私。
山さんは、理解が早い!でもありのままの自分で
いる期間も大切で、自分あるいは人によって、私ってこういう考え方するんだ、人はこう見ているんだときずき今の自分を受け入れる為に必要な時間なのかなと思っています。どうでしょう?いろんな人と出会っていろんな考え方を学び、いろんな自分を試していきながら、お互い成長していきましょうね。

まだ興奮さめやらず、といったアトリエのフォローも現在しています。
私は失敗していいんだと思っています。命に関わるような失敗はしては影を残しますが、あらゆることは生涯に渡って学んでいけばよい事。その失敗をすることを許された場所がLMなんですね。
それでも大の大人が集まって、何をしても良いかというと、そこには根本的な人への尊敬の念がなくては続けることができません。
大人ですから、発言と行動に責任を持ってもらいます。失敗は許しましょう、しかし責任は取ってください、それで良いのではないでしょうか。
どうやってって?
「気まずい後悔を味わう」ということでしょう。その気持ちをじっくりと自分で見つめることで、言ってしまったことが取り消せない気持ちを相手に持たせてしまうということや、自分のとった行動によって周りに影響を及ぼすことを気づいていたら、次に同じ場面になったら、別な方法をとるのではないでしょうか?
LMを実験室と言いますが、「何をしてもいい」とは言っていませんよね。自分を追い込むことは許されても他人を傷つけることはNGに決まっています。もちろん意図せずやってしまうことがあるので、そのときは互いに逃げずに、その気まずさを味わって率直に話し合いましょうよ。

簡単にいえば、「自分は思いっきり楽しんだつもりだったのに、なんか後味が悪いなぁ」という感じがしたら、その時の自分がどんな行動をしていたのかをよく思い出して、何がいけなかったか、周りからどんなふうに見られていたのか、今後どういしらたいいのか、をよく考え、そして、その素直な気持ちを相手に伝える、ということでしょうか。

大人になってからでも、喧嘩することは多いです。むやみに人を傷つけることも。
かつて、幼稚園のPTAの役員をしていた時、私は一生懸命になりすぎて、一人暴走した経験があります。だれも止められません(爆)ほとんどの役員は、嫌嫌ながら引き受けたので、それも仕方ないのですが、当時の私は「なんでちゃんとやってくれないの!」と不真面目さに何度腹を立てたことでしょう。厳しい事も言ったので、引かれていたでしょうね。責務を果たすことにばかり気を取られ、仲間との交流もなく、信頼を得られずに終わりましたが、今でも後味の悪さは残ってています。
人は一生懸命になりすぎると、かえって仇となる。
人間関係の煩わしさも感じつつ、自分らしく生きていくには、自分を理解してもらい、相手を理解し、歩み寄る姿勢が大切だと思う。
ふぁすではそれができる。
そういう意識をもった人が集まっているのだから。
まずは、自分の素直な気持ちを伝えることから始まるんじゃないかな。

相手に気持ちを伝える(自分の考えを伝える)という場面があった時、1自分をわかってほしくて話す、2気づいてほしくて話す、があると思う。1は自分を守るため 2は相手を思ってという大きな違いがあるのに両方攻撃にみえてしまうときがあるんじゃないかなと思う。大人になると見て見ぬふりという技を覚えてしまうから、相手からみた自分がどんな存在なのかわからなくなってしまう。ふぁすは、お互いを想い合いながら成長していこうという時間を共有できる、大切な場所だと思います。

伝え方、ということも勉強しなくてはいけませんね。ちょっとLMとは違うので、プシケーあたりでまたやりましょうか。同じことを伝えるにもいろいろな言い方がありますよね。
押し付けがましくなく、相手が聞き入れやすい伝え方ができたら、と考えていらっしゃるのかなと思います。
LMでも「ロールプレイング」という方法がありますね。いろんな役割をやってみて、わざときつい言い方をしてみたり、あいまいな言い方をしてみたり。そういう実習ではそればかり考えます。
今回はグループプロセスというテーマだったので、「何が起きていたのか」ということに気がつくことで十分かと思います。時間内に処理できなかったころは責任もってフォローします。

ぜきさんの攻撃的に見えてしまうときがあるのでは・?というのは、
、幼稚園で暴走してしまったなっちさんが、なんでみんなちゃんとやってくれないの?という一生懸命な思いがみんなには伝わらず攻撃的に見えたしまった。と近いでしょうか?
 だとすると、受け取る側にも問題があるのでしょうか?
 暴走した、なっちさんを、子供のために一生懸命
なお母さんだから手伝ってあげたいと思うか、
暴走してやりにくい人と思うかは、受け取り側では、ないでしょうか?
伝え方+受け止め方も、教えてください。

おっしゃる通り、「伝え手」の表現能力と、「聞き手」の理解能力の二つの問題がありますね。これはなかなかすぐに身につくような力でもないので、じっくり考えて取り組んでいくことしかありませんが、例えばLMで学んだ「エゴグラム」の5つのタイプで受け止め方を考えるとか、ユングの「内向・外交×4タイプ=8つのタイプ」でタイプ分けして考えると言うのも一つのヒントになるかもしれません。ぜひ今後学びを深めて行きましょう。楽しみですね。

受け止め方はその人のキャパシティや立場、経験などによって変わるのかなぁと思う。
今回のLMでファシリとして気がついたことは、リーダー派(積極的に意見を出し、進行、まとめようとする)的確派(重要なポイントやきっかけ作りをする)協調派(目立たないが、周りを見て自分がどうしたらいいか考えて行動する)マイペース派(自分のペースを崩さない)という特徴がみられたなぁと思います。
それぞれに感じることは違う。私もファシリである時と、参加者である時で、きっと受け止め方は違っただろう。
いや、受け止めるというのは、心で感じる(感情)と頭で理解する(思考)と、二通りあるのではないかと思う。
たとえば、私のPTAの経験で、きついことを言われた、「そんなきつい事言わなくてもいいのに、なんか嫌な感じ」っていうのは感情で、「でもさぁ、役員で頑張ってくれてるんだから、応援しようよ」は思考なんだよね。
心と頭のバランスがうまく取れずに、どちらかに偏ってしまうと、ただただ心を痛めて帰ることになり、ただただ疑問だけが残ったりするのかもね。
腑に落ちないときには、言うべし、聞くべし、考えるべし!?

考え方のヒントもらえました。
ありがとうございます
<^^>。
理解を深めるのは、今からですが。。。

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