無料ブログはココログ

イベント情報

図書紹介

  • 図解でわかる心理学のすべて

« ファシリテーションおさらい | トップページ | 地域の祭りに思う »

一期一会

今日は少し個人的な話題になりますが、ふぁすの根本精神に関わることです。

昨日のアトリエの余韻でもありますが、ちょっと感傷的に考えています。友人関係は見えにくいものなのに、なぜそんなにふぁすの友情に自信があるかということについて。

簡単に言えば、それはたくさんの失敗をしてきたから、と言えます。とても尊敬していた人に失望したり、何年も友情を築いてきたと信じていたらそれがあっけなく崩れたり、つい最近までもろもろの失敗を繰り返してきました。原因はすべて自分自身の思い込みの間違いだったと今ならわかります。自分で描いた理想像に勝手に相手を当てはめて盛り上がるのは恋愛の典型的なパターンですが、もともとそういう惚れっぽいところがあるのか、信じ込んでしばらくして自分で首をかしげるということを延々と繰り返してきたと言っていいでしょう。

しかし運よく、ここ一番の選択(たとえば結婚相手)とかではとかく勘が働き、はずれを引かない、(もっとも相手はどう思っているかわかりませんが)これは自分の運というよりも相手の心の美しさに救われているのですが。伴侶を選らんだエピソードは相手のピカピカの年季の入った車を見たとき、「自分も古くなっても大事にしてもらえそう」と直感した、そういう勘がいいのかもしれません。

もう一つ、打たれた出会いを紹介しましょう。それはグローリーの監督・コーチと出会ったとき。田中監督が「(先輩である)古市さんは(自分を)30年間裏切ったことが一度もない。」と断言されたのを聞いて、ショックでした。何十年も信頼し続けられる手本に出会って、自分もぜひそんな友人関係を持ちたいと願いました。創設5年目にあたるグローリーですが、創設時すでに80歳を越えておられた古市コーチの希望は、即実現が原則でした。「野球運動会をやろう」と言われればすぐに。バーベキューもキャンプも古市コーチが言われれば直ちに実現しました。先延ばしにするとコーチがさびしい顔をなさいます。確かにコーチには1年は約束できない時間なのです。そういう人との関わりが不思議とふぁすでは少なくありません。私自身もふぁすのことを考えて走っている最中に交通事故に遭い、命を落としかかったこともあり、限りある命の中で後悔のない生き方をしたいと願うようになると、見栄や外見的な柵に囚われている自分の時間が惜しくなってきます。

私が知らぬところでも、おそらくそんな個人的体験をなさっている方が少なからずいると推察します。「自分がいつ寿命が尽きても満足できることをして、感謝できる関係を作り、そういう仲間と楽しんでできることをしたい。」

難しい言葉でいう「一期一会」で生きている人間は知らず知らずに集まってくるようで、ふぁすではそんな人たちが核になっているから、すべてが真剣で面白いのだと思います。ありきたりな言い方だけど「命を掛けて」やっている人がいるイベントが面白くないわけないですよね。

それを「本物」と言うのだなあと、実は私もごく最近気がついたのです。

« ファシリテーションおさらい | トップページ | 地域の祭りに思う »

コメント

命あっての人生ですね。
 あと何年かしか自分の手で子供をだてられないかもしれないと思ったことを思い出しました。
 それに比べたら何を悩んでるのかあほらしく
思えますね
時間がもったいないですね。

完全なことなんてないね dogキツネ
ですねconfident

今、ここということをじっくり味わうってなかなかできませんね。
つい神秘的なことに惹かれてしまうのですが、実際はこうして生きていてあなたと出会っていることこそ奇跡なのに・・・なにか歌謡曲みたいで失礼!

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1019967/22228690

この記事へのトラックバック一覧です: 一期一会:

« ファシリテーションおさらい | トップページ | 地域の祭りに思う »