発達の爆発的瞬間
まだ頭の中を音楽が回っています。 子どもたちの頑張りとその結果を見ていて改めて「発達の際近接領域」という言葉が浮かびました。
舞台の下手(しもて)を掃けて、通路から上手(かみて)に戻る時つま先が痛くて歩けなくて、廊下を這って行って、また舞台で微笑んで踊ってる小学生がいました。うちの子どもだけでなく、みんなが苦しい思いとプレッシャーと戦いながら賢明に練習して、本番で最高の力を出せる瞬間をそばで見られるというのは、自己実現でいう「至高体験」です。
舞台に出てくる一人ひとりの苦しい思いを知っているだけに、何度もこみ上げてくるものがありました。
体中に蓄えながら、発現する瞬間がくるまでは失敗を繰り返し、泣きながら練習してもまったく形にならず、いったいどうなってしまうのかと親も一緒に揺れているのに、親の心配を出し抜いて子どもだけが鮮やかに脱皮していく。それも何百という人たちの目の前で。
うちの子ども二人とも2回転のピルエットができずに当日を迎えたのに、本番ではできてた。子どものその力って何?と目を疑ったものです。爆発的な力の伸びの瞬間っていうのが確かにあるらしい。
先生たちのアクロバットみたいな演技を見せてもらって、それも感動したんだけど(彼らは決して失敗を見せない。プロだから)それを見ているだけで体得してしまう子どもたちはいったい何なんだと思った。だから先生たちも教えることが面白いのかわかる。そういう世界での親の存在は、まったく物質的なサポートと身近にいて見守ることしかない。そしてそれが最大のエネルギーだとわかる。 親としての子どもへのかかわり方について、今すぐに言葉にならないのですが、何かわかったように感じています。
フォーラムまでに言葉にまとめたいと思います。
| 固定リンク



コメント