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没個性化いじめ

年度末になってきて、学校も実質一ヶ月ほどというイメージで、風邪が流行るといつの間にか学年が終わっているような季節になった。中学校でいうと体育祭・文化祭が終わると正月明けからは落ち着いて勉強をする・・はずなのだが、いじめが増えてくる季節でもある。がんばってきた子も風邪で休んだのをきっかけにお休みが増えてしまう。

いじめについて、特に最近相談が多くなっている。互いに未熟な社会性を鍛えるべくいじめたりいじめられたりして成長すれば良い・・・と本には書いてあっても、親はわが子が泣いて学校に行けなくなってきたら大きくは構えていられないのは当然だ。そこで少し考えてみたい。

ギャングエイジに始まる同世代の仲間意識は学童期から始まり、中学生くらいでピークに達する。仲間同士でショッピングや映画、カラオケと活動範囲が広くなるから、うるさい家族よりも仲間の方が楽しい。しかし、昨今この仲間の意識が狭くきつくなって、「同一化」を強要して互いに安心を求めるような傾向が見られる。そうすると個別の違いがいじめの理由になる。テレビ番組、アイドルタレントが一緒なのなど序の口。携帯メールの返事が5分以上遅れると仲間はずれにされる・・・など。ついていけない子や、意義を唱える子は順にはずされていく。なんだかおかしい。

エリクソンの発達課題では、青年前期に「孤独対親密感」という葛藤を味わい、その結果自己一致感(アイデンティティ)を獲得するということになっている。なっているのだが、思春期になっても一向に獲得する気配がない。

私はこの子どもたちが、親に求める愛着を友人に求めているような印象を受ける。友人に、というより、仲間というグループにというべきか。母集団と言ったらわかりやすいかな。離れがたい狂おしい親密さ・・・これが愛着ですよね。母子の愛着がしっかりあれば、それを他に求めることなく、次なるステップ「個性化」への着かず離れずの関係として中学生の友人関係が育ってくるはずなのに、「いつも一緒、なんでも一緒」まるで幼児である。ちょっと冷たい言い方だが、はずされた方もその集団しか行き場がないと、不登校に陥る。学校のほかにも自分の居場所をつくろうと提案する理由は、こんな場合のチャンネルの切り替えになるからだ。

たくさんのクラスメイトや部活の上下関係の中から、自分によくにたタイプや全く違ったタイプの友人を見つけ、真に理解しあったり相違について語り合ったりするのがこの時期の友人関係であるはずなのに、わずかな違いも許されないとなると、健康に心理発達している子どもがはずされてくるのは当然である。だから「私変ですか」と相談に来る子は実はおかしくないのだと言いたくなる。

こっそり抜け駆けして、塾に言っている間に約束のドラマをビデオに撮って後から早送りでチェックしたり、母親に見てもらって要約してもらい、学校で友達に話を合わせる子も本当にいる。こっちのタイプの方がよっぽど変ではないか。

社会心理学に「没個性化」という言葉がある。無名の群集の一人となると、一人ではできない過激な行動や発言をしてしまう人間の心理を指す。そのとき、加害者である責任も意識もない。今学校現場で起きているいじめは、これに由縁すると考えている。背後から嘲る。遠くから嘲笑する。黒板机に悪口を落書きする。これでは教師に訴えたところで検証不能であり、教師に「犯人探しですか」とみんなで詰めり、本人の気にしすぎ・・・ということで片付けられる。

私はこの手の相談があると、「絶対(いじめが)あるんです。」と先生に迫る。「『気にするな』と言う言葉は、被害者を突き放すとともに、加害集団を肯定する発言です。」よくわかっている先生もみえて「だって集団につけば教師も楽だもの」と指摘する。正しいか、検証できるかではなく、たった一人で来た生徒の味方に教師がならなかったら、そりゃ学校には行けないだろう。「いつでも言いにおいで、絶対あなたの味方だから。」口だけではいけない。たびたびクラスを訪問する。むこうだってずるいのだから、こっちもプレッシャーかければいじめは決してエスカレートしない。無数のあぶくのようなつかみようのない心理的ないじめにはこっちも心理攻撃だ。

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コメント

ママゼミ乳幼児編にも愛着の話がでてきてましたね。子供のときに母親と愛着がしっかり経験されていないから、思春期になってもそれを友達に求めていて、そのため、次の発達(個性化)が確立せず、同一化を求め、少しでも集団の中で違うものを排除する方向へ、いじめへつながっている、という考え方、まさにこれだ!という感じで、納得できました。ここ、東京でも同じことが起こってます。

骨折息子のためにビデオ借りこみ、久々にポケモン見たら、ポケモン同士で意見の相違を調整しながら冒険をしてるのに。みんなポケモン見て育ってんだろ!と言いたくなりますね。やはり表面的な仲良ししか体験できない現代の子どもの問題は深刻ですが、問題の原因は親世代の表面的対人関係にあるわけですからなかなか変えられず苦しいです。みんなふぁすに来てくれたら良いのにね。

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