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受け止めることは、言いなりになることではない

ママゼミ思春期編の開催が決まりました。小学校運動会の休日変更や会場の都合で、変更して遅くなりましたが、10月1日(木)ジェフリーすずか研修室午前10時~12時です。ママゼミ常連さんにはおなじみの場所です。

小学校高学年から兆しが見え始める子どもたちの「自我」。理解して受け止めることは、ただ言いなりになることではありません。時には真剣にぶつかり合い、議論しあう大人を求めているのです。自意識の発達に伴い、おとなとして扱ってもらうことと同時に、おとなとしての責任を果たすことを教えないので「傍若無人」を大人の態度と勘違いしてしまう中高生のなんと多いことか。

これは幼児期に第一次反抗期として自我の芽生えが起きるときも同じです。これを押さえ込むと後々のやり直しがとっても大変ですよ、とママゼミではお話するのですが、「子どもの気持ちを受け止める」=「子どもの言いなりになる」ではありません。それでは野生児になってしまいます。

人のこどもとして必要な分別を教えるのは、家庭教育の一番のポイントです。そしてふぁすでは繰り返しお伝えしますが、「人に迷惑を掛けない」と教えるだけでは「人に迷惑をかけなければ何をやっても良い」と考えてしまいます。「人の役に立てること」を親自身が手本となって教えて欲しいと思います。

地域の太鼓祭り、伴奏となる笛を子ども太鼓で覚えた中高生の女子が大人の太鼓でするのですが、部活・お稽古・塾・・・と多忙な彼らは参加不能で、事実上壊滅状態・・・これは仕方がないことなのでしょうか?

親が家族ぐるみで熱心に参加しお世話している家庭では子どもたちも違和感なく参加しています。なっきー家ももちろん学生生活をやりくりし、苦労して宿題を片付けながら頑張っています。でもそれは社会人として当然でしょ?。みな昼間仕事をして、家事をやりくりして参加しているのです。プレ大人という思春期の子どもたちは、都合よく子どもだったりおとなぶったり態度を使い分けるようです。それを指摘する親が少ないのは残念です。少し意地悪な見方をすると、娘たちは母親=妻=嫁の代弁者として反抗しているのかも知れませんね。母親の抑えられた反抗心を、子どもが発言すると「思春期だから」と通していく。でもそんな方法ではいずれ利用した母親さえも裏切って自分勝手なおとなとして離れて行ってしまうのではないでしょうか?

子どもの心を受け止め理解することと、ただ言いなりになって、させておくことは全然別のことです。「大変だね。忙しいね。みんなそうなんだから頑張ろう・・・」それこそが体力的には大人と同じなりつつある中高生への言葉掛けです。

「おとなになりたいなら、おとならしく振舞いなさい。」と教えていくことこそ大切で今一番欠けている教育なのではないかと思います。自分の子がお勉強してくれることが一番・・・大事な時間を削って人のため、なんて、他人どころじゃないわ・・・私にも心の中でエゴの心がつぶやきます。それほど受験も厳しいのが現実です。でも自分のためだけに勉強してよい学校に入って、自分のためだけにお金を稼ぐ大人に、うちはなって欲しくないので、忙しいなかで時間をつくることを教えていきたいと思います。

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