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渡り蟹から宇宙観

太鼓のお祭りが終わって男性陣は打ち上げをする。漁師の町なので、おいしい獲れたての魚や貝がでるらしい。祭りが終わると女どもは子ども太鼓から一日がかりで家の中がめちゃくちゃになっているので片付けと、家族が揃って着た法被の洗濯に追われる。午後から集まって家族全員で打ち上げ。(男どもは前日の夜から48時間くらいアルコール漬けと思われる)

なんとものんびりした土地柄の豪快な祭りの過ごし方というわけだ。私はというと、金曜日の夜遅くまで深刻なケースの相談とそのフォローに追われ、祭りが始まる頃までは気がかりを引きずっているうえに、受験生でもある子どもたちはオープンスクールと重なり、祭りとダブルブッキングで、送り出したり一緒に出かけたりして、日曜日にはちょっとのびていた。

すると、こどもや夫が度々打ち上げ会場と家を往復して、寿司だの、蟹だのを運んできてくれる。私が大好きな渡り蟹をどっさり持ってきてくれた。

仲良しの漁師さんが、私が大好きなことを覚えていてくれて、今年は私に持って行けと持たせてくれたという。

その漁師さん家族とは家族ぐるみで仲良しには違いないが、特になにかしてあげたことも、話し込んだ記憶もない程度のつきあいなのに、なぜ私が好きな物を覚えていてわざわざ運んでくれるのか、私には、真似できない親切だ。

とても疲れてベッドでネットをだらだらしていた私は、目が輝いて、このご馳走をありがたくいただいた。だがどうしても親切にしてもらう理由は思い当たらない。

蟹の身をほぐして食べるうちに、これは神様が友達を介してくださったご褒美なのだと思い始めた。あの人は神様の使いなんだなと。私は確かに今時間を惜しんで仕事をしている。そこにはどこからも報酬がつかないことを知っている。でも今自分にしなければならないことと割り切って家族にも理解してもらって頑張っている。それを神様はこうして認め、私につかの間、豊かな休息をくださったのだと思うと、実も心も癒される。

ふぁすは科学である心理学を土台にしているが、アトリエプシケーでは、人の計り知れない不思議にも目を向けて、例えば統計的根拠を覆すような「共時性」(シンクロニティ)や集団無意識などの深層心理について語り合ったりしている。

ふぁす流のスピリチュアルな話題や実習を行うこともある。渡り蟹のエピソードも、棚からぼた餅と喜ぶだけでなく、宇宙が大きなサイクルでエネルギーを回していると考えると、何かしてあげた相手から返ってくることがなくても、回りまわってこうして自分は十分に恩恵を受けていると気づくことができる。

世の中ってどうもそんな風に回っているらしい。宇宙の秩序という言葉が浮かんでくる。その流れに乗ることが最も自然で豊かに命を全うする方法と気づいている人と、そうでない人ではこの世の生き方が違ってくる。宇宙の流れの恩恵を「神」の業と呼ぶと宗教観になる。

一生懸命頑張れば、一番嬉しいご褒美をちゃんと神様はくださるのだなあと。もちろん、わが子たちの心身の成長を見せてもらえるということもその一つなのだ。いつも笑う「ちょっとあぼちん」でも心が健康で、病気や怪我の少ない明るい家庭であれば、もう十分報われていると思っていたのだけれど。

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