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「やったろか」「やってみい」

リスカの話。

たまたまとあるケースのことで電話があり、隣で娘が聞いてた。女子中学生のリストカットの話なので、聞かせたくはないが、やむを終えない。

電話が終わると案の定興味深々の娘。

「なんでするの?」「リストカットは母子関係の問題。」「どういうこと?」「お母さんとうまくいかないと自分を責めてしちゃうんだよ。だからうちんちみたいなのは、絶対ない。」「やったろか?」「やってみい」で大爆笑。「ね、こんな笑い話ができる母子はしなくていいの。」

してる子いるよ、と娘の言葉にこっちが驚いた。そんなに頻繁なんだ。最近は。

母子が素直に心を開き合えれば、自分の存在を確かめる必要はありません。その子をその子として受け止める、ということは相性の問題でもあるので、男女に関わらず起きることですが、やはり母と子の間には、隠れた依存が見受けられ、母親が無意識に娘に依存して、それが子どもに重荷になることが多いようです。

対等に笑いあいながらも、親はやっぱり全面的に大人でなきゃ。子どもに「わかって欲しい」と甘えている親が最近多いですね。リストカット自体は直ちに危険ということも少ないのですが、やっていることはとても深刻なことです。自分の存在の否定に他ならないのですから。

あなたがあなたで大好き、たったそれだけのメッセージを出してあげてください。

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コメント

うーん・・・。そうか・・・ね。
臨床心理士からのつぶやきとしては、実際、やってみよか やってみぃ で 切る子も。恐らく、ナラティブセラピーのいうところの、文脈の違いと、PDD とか 妄想 受け取り方の違いにおけるものだと感じてます。

BPD PDDなどの子は、よかれと思ったどんな言葉でも、記憶にくみこまれると(ネガティブ物語)、リストカットのトリガーになる・・・と感じます。いえればいいのではなく、背景にある暖かさが、あなたの家族はよいのでしょうね。

もちろん、おっしゃるとおり、母子の関係にユーモアと思いやりがあれば、文字面厳しい言葉でもそれは励ましとなりますし、逆に冷たい関係であればどんなに優しい言葉をかけても、追い討ちになることが多いですね。

「やれば」「やってやる!」とリスカに及ぶ親子関係を多く見るので、言葉面の問題ではないということが、この日記の主旨です。

そう書いてますよね?

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