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2011年7月

福井県立恐竜博物館

Pict0008 福井県立恐竜博物館に行ってきましたのでご紹介をします。勤務先の中学校で労務員のおじさんが「面白い所だよ」と教えてくれたのがきっかけですが、行ってみて納得。

2000年に開催された恐竜博の跡地なのですね。恐竜街道として方々に恐竜のモニュメントがあって、丘の頂上に大きな博物館がありました。銀色に光る巨大な卵というイメージなのかな。

Pict0011_2 エントランスから長いエスカレーターで地下へ降りていきます。3階建ての大きな建物で、ベビーカーももちろんOKですが、リアルな動きの等身大模型や薄暗い館内はちびちゃんにはちょっと怖いかも。方々で悲鳴が聞こえたりして、「怖いよね~」という感じ。それほど真に迫った展示でもあるということです。

館内の見学の量もかなりあります。小学校中高学年以上ならば体力でも知性でも十分に楽しめる博物館です。

Pict0031展示物はすべてレプリカではありますが、多くて精密。データの量は膨大。国内最大と言われるのにも納得。単なるおもちゃではなく、本当に古代生物学として日本にも博物館ができてるんだなあという印象で、大人もしっかり勉強になります。

恐竜以外の地球の歴史もたっぷり見せてもらえて、火山や鉱物(宝石)なども展示量十分。自然科学系の好きな親子にはとても魅力があります。

Pict0029北陸自動車道福井北から、部分的に開通している不思議な「中部縦貫道」の無料区間で勝山へ行けます。有料区間は福井北までということ。

屋外では発掘体験もありました。ティラノサウルスの口に飛び込むような滑り台など、遊具も楽しそう。博物館は入館日内であれば出入り自由ということなので、お弁当を持っていけば一日たっぷり遊べるところです。

恐竜博から10年も経っているのに施設はきれいで多くの来場者で賑わっています。頑張ってるなあ福井県の社会教育という感じ。お勧めです。

福井県立恐竜博物館HPhttp://www.dinosaur.pref.fukui.jp/

勇者のネタあれこれ

Imagescam3b27z 今年の勇者は何をやるのかと尋ねられて、その都度はぐらかしておりました。

いつもインスピレーションで決まるのです。今年は仕事が切れず、なかなか頭の中が整理できなくて、アイデアがひらめきませんでしたが。

来ました!

いろんな意味で期待を裏切るテーマかも。

さてイメージが湧いてくると、ユーススタッフたちは美術装置の思い付きをあれこれあげてくれます。柔軟で豊かな(ある種非常識だったり)発想で、聞いている私は、「それ、いい」「いこう」と面白がっているだけでネタがどんどん膨らみます。

その企画はまるでパン作り。イーストと砂糖とお湯でこねておいて置くと発酵はじめて、あれよあれよと膨らみます。あとはいろんなお味をつけて焼き上げるという感じ。

今年もただ脅かすだけでなく、大人も一緒に楽しめる謎解きが盛り込めますよ。なんといっても、6回目になると子どもの半分はスタッフ側。

ディズニーリゾートの真似をして、大きな子たちには、ゲストかキャストかスタッフかの希望を聞きます。もちろんキャストは練習があるし、ゲストは仕掛けを作らなければなりません。単純に当日楽しむゲストとは全く違う責任ある立場になりますが、満ち足りた冒険心から次の年にはゲストを卒業して、キャストやスタッフの希望をする子が結構います。

幸いゲストとなってくれる子どもも次が続いてきてくれるのがわいわいキャンプの良いところ。ただ年代が下がるので、あまりグロなのは・・・ということで、ずいぶん悩みます。

おまけに、昨年はスナフキン&なっちというスーパーカップルによる壮大なRPGロマン「ドラゴンクエスト」を実写版で演じてしまったのですから、そのイメージを脱するのは大変です。

今年も皆さんに楽しんでもらえるといいなあと思います。どんなお話なのか、どんな謎解きなのか、どんな勇者のしるしなのか。

大人も子どももわくわくしてきますね。

日本古代史の本を読み漁っているなっきーから、はやくも「あれか」と読んでいる人もいることでしょう。でも、ちょっとひとひねり。

ヒントは「星」

スタッフのみなさんには、まもなく企画書と元となるネタをお知らせして、イメージ作りをお願いすることになります。まあ、おこちゃまのアニメネタではありません。将来の社会科学習のなかで、「勇者ででてきたのは、これかー」と思ってもらえるちょっと教育的なレベルも求めたいところ。

ユーススタッフ、SWAT隊員、期待してるよ。

一区切り

Sh3l0086_2 無事研修会も終わり、鈴鹿の熱心な先生方からも感想をいただいたり、とても濃い時間を持つことができました。

データ処理の結果を学校にも伝えなければと思うけど、これでまず一旦自分も夏休み、と切り替えてます。

ちょうど娘の誕生日でもあるので、お昼からは買い物に行き、夕食はミニホームパーティ。誕生日&夏休み開始祝いということです。

シャトレーゼのアイスケーキ。マカロンが乗っていて、ラズベリーソースがさわやか。おいしいですね。メインディッシュはブッフ・ブルギニヨン(ブルゴーニュ風ビーフシチュー)に、パン屋のパンを添えて。赤ワインが効いて辛口です。

さて、これからはわいわいキャンプの勇者の儀式だなあ。

ちゃんと本屋で「地図と写真から見える!古事記・日本書紀」を買って予習してますよ。・・・ということは?

校内研修の時期

小学校の校内研修にお招きがあり、日ごろのスクールカウンセリングから、気になる子の理解についてお話しました。

暑い夏休み、先生方は子どもと同じに遊んでいるわけではありません。毎日のようにプログラムが決まっていて、揃って研修を受けておられます。

気がかりな子をどう理解するかという特別支援の研修にも正規職員の先生方がおそろいでびっしり2時間、私の話をきいて下さいました。

小学校で早期発見早期対応の必要を常日頃痛感しているので、こんな機会は願ってもない。私も力が入ります。

今年の夏休みは、津市の勤務先の中学校、小学校と鈴鹿市の教職員研修と、三回呼ばれています。その都度見た目も楽しいスライドを作ろうと準備に時間をかけています。

明日は鈴鹿市の相談担当の先生方に、鈴鹿の課題についてお話をすることになっています。さきほどまで(もうまもなく0時)、出たてのデータをいじって、パソコンで集計やグラフ化をして、スライド資料を見直し、差し替えなどをしていました。

心理士を占い師みたいな存在に誤解している人も多いです。本当の心理士は計量や測定ができなければ客観的な根拠を元にアセスメントできません。データから何を読み取るのかという力ももちろん必要ですが、オフィスのエクセルとは大の仲良し。

1学期末の長欠者の人数と延べ日数という個人情報を含まないデータからも、驚くべき事実があきらかに!

明日の「教育相談の最新の課題」お楽しみに!

川遊びおさらい編

Imgp3572 先週の川遊びは台風の直前。週半ばに大雨が降ったけれど、もう落ち着いたかな?今週は家族だけで遊びのおさらいに行ってきました。お仕事で一緒に行けなかったロバートにも見てもらいたくてピンク色のパジェロミニに荷物と家族と詰め込んで。

私も先週は司令塔として立っているばかりで水に入れなかったので、今日は張り切って水に飛び込むけど、水量多いし、冷たい!

大きい子たちだけでバルタンさんに連れてもらって消えていった川上にもチャレンジ。エメラルドグリーンの水。なんときれいなところでしょう。ちゃんとチェック!

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イーストコーストな休日

Sh3l0084

もう何週間も冷房がなくてはいられなかったのに、久々に涼しい風。菜園と公園越しに堤防。その向こうは伊勢湾の我が家から。写真拡大してもらうと海も見えますよ。屋根裏部屋の小さな窓からは海がゆっくり見られるのですが、写真は2階から。

台風の時は家が揺れてハリケーンパーティになるのですが、今日はまるで、アメリカ映画にでてくるようなイーストコーストの景色です。晴れ渡ってるとウエストコーストで、曇っているとイーストコーストって一人で決めたイメージ。

何ヶ月ぶりかの完全オフ。色々と家事は溜まっていますが、ちょっとのんびりさせてもらいましょう。

アドバンス「心理測定」

夏休みに入りましたが、熱意あるコアスタッフで、アドバンスを開催しました。中には生後二ヶ月の赤ちゃんをだっこで、お子さん二人を別の机でお勉強させながら、またはご家族に預けての参加の方もみえました。

学校の備品として購入した器具を正規の手順を踏んで借り出して参加の支援担当の先生も。

そう、本当に子どもの理解を深め支援に役立てたい気持ちのSMAP支援とふぁすコアスタッフによる、WISC-Ⅳの勉強会です。互いにとても大切なチャンス。

私も数年前東京の講習でⅢの使い方を習い、先月は神戸まで行ってⅣとの違いを学んできました。実際に使う機会に受ける人に不利益があってはならないので、心理測定法の基本としての知能検査の意味から説明し、Ⅲを基本として2時間半に渡り、びっしりと講習しました。

参加者が交代で受験者の席に座って実際に検査のパターンを受けてみることで、受験者の緊張も感じることができたと思います。実施者(つまりテスター)の側も頭が痛くなるほど、集中し、人の能力を客観的に測定する責任の重さと厳しさを感じてもらったことでしょう。

これである意味人の将来が決まる・・・誰もがその意味をしっかりと知りながら、正確に測るための態度や声かけも身につけてもらえるよう、かなり実践に即した講習会となりました。

心理士は私一人とはいえ、言語聴覚士としてⅢの他にも幾多の検査を実施してきた経験をもつもーちゃんや相談員として間近で見てきたというさとさん、心理士をめざすゆーみんも。教員経験者ルーシーも現職ハートフル相談員のなっちも、そしてSMAPで日数多く活躍するひろちゃん、カオルさんも、みんな真剣に参加してくれました。

もう一回は実施者としてトレーニングしたいと思います。解釈と評価はなかなか難しいと思いますが、Ⅳの使い方に慣れるためにも互いに練習台となって訓練を積み、いずれはテスターとして子供達に向かい合えたらいいですね。

「あなたはこれが得意なんだね」と子どもに言ってあげられる力を身につけたい。SMAP支援を一年続けてきて、その気持ちはますます強まっているコアです。

台風で一休み

Pap_0098 台風の襲来で、混乱のなか学期末。ネモの活動で家の中に荷物が散乱したまま台風準備でさらに混乱・・・低気圧で頭痛いし何がなんだかわからないで二日ほどが過ぎました。

それでも気がつくと警報解除。慌てて約束の教育研究所へ来週の講演の打ち合わせに行ってきました。

台風の後片付け(海辺なので潮水を浴びているので毎回、家や車を丸洗い)して、ふと気づくと蚊が減っている。もちろん菜園も潮を浴びて黒く焼けてしまったものもありますが、この数日ですっかり実ったのがラズベリー。

鮮やかな赤みと甘酸っぱい我が家の初夏の味です。さっそくジャムに。明日はヨーグルト買って来よう。

いつも何か良いこと見つけていたいですね。せっかく型破りな夏休みの始まりになったので、ついでに、ホームシアターで「シンドラーのリスト」全編をじっくり鑑賞。

忙しい中高生にこそ、じっくり見て欲しいなあ。

ネモ例会-バウムクーヘン編-

Pap_0008 わいわいキャンプで楽しめるように、みんなで練習してみました。バウムクーヘンが本当に出来上がっていく様子をみて、大人もこどもも大歓声。

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ネモクラブ例会-川遊び編-

Pap_0064 暑い夏空の下、集まった5家族。24時間のネモクラブの活動の始めは、川遊び。なんといっても2歳から16歳まで子どもの年齢層は広いので、バルタン先生が安全で、しかも冒険できる場所、へご案内くださいました。

Pap_0068 とうちゃんと魚とりする子もいれば、

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また新しい出会い3つ

昨日は、サリュ「続・ほめて育てるとは?」と、セミナーの補講のようなミニセミナー+バズセッションを開催しました。

セミナーから4人来場くださり、しかも3人がふぁすのメンバー登録をしてくれました。仲間が増えたと喜んでいます。セミナーの報告でもお伝えしたとおり、学ぶ気持ちの強い人、それを役立てたい人が増えてきてます。

ありきたりの井戸端会議で満足できない向上心のある方はふぁすへどうぞ。

昨日は午後から鈴鹿市子育て支援ネットワーク会議にも出席しました。こちらは鈴鹿市の子どもに関わる業務をしている課の長と、NPOの代表者の会議。昨年度からNPO法人「子どもサポート鈴鹿」さんを呼びかけ人として発足し、本当に必要な鈴鹿の子育て支援を月一回集まって話し合っています。

昨年度は、予備的発足した委員会で、児童養護施設のドキュメンタリー映画を放映しましたし、教育長と子ども家庭支援室長と一同に会する「子どもの権利フォーラム」を開催してきました。今年も通常ニアミスばかりの忙しい顔ぶれで何か一緒にやりながら、鈴鹿ならではの課題を話し合い続けようという主旨で、会議をしています。

今年はそれぞれの団体の取り組んでいることを実際に見せてもらうようなギャラリー形式を想定しながら話が進んでいるようですよ。

ふぁすでも何かやって欲しいと言われています。つい内輪意識で固まってしまう「女の子」組織なので、できれば一つ輪をひろげた緩やかなお付き合いを続けられればと思いますので、非常に忙しいけれど、お役にたてて、自分も仲間も楽しめるような「何か」を考えたいと思います。

社会教育の大会もあるし、鈴鹿市のセミナー事業もあるし、もちろんSMAP支援も続いていくし、基本となるアトリエを手抜きしたくないし。欲張りな、でも充実した幸せな毎日を遅らせてもらっている自分自身。お返しできるような機会にしようと思います。

さらに夜間は津市のSC連絡会もありました。新しくSCになられた(実は元ふぁすの)友の会のSさんも同じく出席で、NPO代表者としての顔とSCとしての顔を使いわけながらも、同じラインを歩く仲間として再会。とっても心強い。

SCの会議では、医療機関や教育機関の連携を大事に人集めをしている津市さんの熱意に打たれました。大合併後、お金がないと泣きながら、「交通費も出せずすみません。冷たいお茶をどうぞ。」と進めてくれる教育委員会職員。(でも冷房はよく効いていたっけ)

お世話になっている病院の精神保健福祉士(PSW)さんや臨床心理士(CP)の先生方につながれたり、教育支援センターの先生や、発足した発達障害児の通級教室の先生など、総出でSCを迎えてくださり、9時半まで熱く語り合いが続きました。

文句や注文の応酬になる会議と違い、それぞれの実態を伝え合い顔をつなげる良い会議でした。それも主催者のファシリテーションと納得。

ミニマムな集まりから、団体代表者としての会議、そして専門職の情報共有。忙しいけれど非常にやりがいがあります。そこにはどこにも、人と関わろうとしんけんな人の顔があります。会議の規模や顔ぶれの地位肩書きではなく、向かい合おうとする人がいます。

そんな集まりがある限り、自分が役立てるなら、やっぱり動くべきだと考えながら帰宅したのは夜10時半のことでした。

状況的学習実践研修?

P5090157 夏らしい空になってきました。今年もわいわいキャンプの準備会を兼ねたネモクラブ・ぷちネモの活動があります。

今週末、16・17日バルタン星にて。夜はもちろんNOMECLUB!

海もいいけど川遊びも。写真は昨年のぷちネモの様子。わいわいキャンプ以来一年ぶりのキッズもいるのかな。みんな大きくなってるでしょうね。

0002656m キャンプ料理のリハーサルや準備など、舞台裏ならではの失敗や面白さがある、準備会。異年齢集団の子どもたちと、異業種集団の保護者たちのソサエティは、知らず知らずに身につける学び(田島教授いわく「状況的学習」)の宝庫。

どんなに講演を聴いても、本を読んでも身につかない学びが、そこには満載なんです。

前後の準備が大変なのも、お金で買えない手作りツアーだからこそ。

根本的な家族療法はここにあります。

夏休み目前

梅雨が明けていよいよ夏。大きな入道雲がまぶしいですね。

夏休みに近づくとなぜだか憂鬱になるお母さんが多いのはなぜでしょうか?昔、夏休みが苦痛で飛び降りちゃった人の話を聞いて驚きましたが、多くのお父さんたちは、子どもと朝寝坊して遊んでいられる専業主婦の妻をうらやんでいることでしょうが、実際は、とても忙しいようです。

あまり忙しくしてしまうと、さばくのが大変。加えて暑くて行動に制限もでますしね。日中の温度が50度近く上がるような国の人々は生きていくだけで精一杯といいますが、夏はわが国も同じなので、あまり無理しないことをお勧めします。

放っておくとゲームばかりしている子供達。たまにはいいじゃないですか。親子でのんびりしたって。

要はメリハリ、切り替えだと思います。しっかり遊ぶ日、のんびり遊ぶ日、片付ける日、働く日、そして勉強する日。

中学生以上になると日々部活と宿題で追われているのが平均的な姿。一生懸命できることがあるのは素晴らしいことですが、部活と勉強だけで終わってしまうのももったいないです。部活動の経験は意外と限られているものですから、進学してから経験不足な若者が急増。

生きる力は身に着いていますか?

夏休み、いつものあれこれ詰め込む予定を、もう一度見直してみてはいかがでしょうか?

なっきー家は、今年は「遊ぶぞー!」を合言葉に、海に山にゲームに映画に・・・そして合間に勉強や仕事。

楽しい時間はわずかです。大事にしたいと思いますが、必ずしも詰め込むこととは限りません。ちっちゃな幸せも味わいたいと思ってます。

皆さんのこの夏の計画はどんなふう?

今週はネモクラブの川遊びとキャンプ打ち泡せ会を計画中。ケーブルテレビで流れちゃったので、バームクーヘンをやってみようかと考えてるので、練習してみますか。

後の祭り、ではなく、祭りの後

110710_091801 伊勢湾名産の渡り蟹がどっさり。猟師さんの村ならではの豪快な浜ゆでの蟹をふるまってもらいました。

祭りが終わり、準備から片づけまで一体になって過ごした時間は終わりました。名残惜しげな仲間の打ち上げ。また一年、道であってもちょっと会釈するだけの遠慮した間柄に戻ります。物干しにならんだ法被がつかの間の「至高体験」を物語ってくれてます。

地位も名誉も収入も学歴もここでは役に立ちません。素朴な人間の力と意思と対人能力だけが祭りの中でのステイタスなのだと思い知らされる一週間。

110710_092002 村に代々住んでいる家族と、団地に新しく入ってくる家族が混ざり合う、現代の世代交代の課題を十分に持っている、ごく普通の村です。両親だけでなく祖父母が同居で、ご近所との競争が激しく、うんざりしている青年たちと、身寄りもなく、若夫婦だけで必死に子育ての拠点を築こうとする青年家族が、微妙に入り交ざり、太鼓を叩く順番にも実は順列があったりする、いかにも日本的な祭りの風景。

今年はハイライトシーンにバルタン先生をお迎えして、お祭りを実況解説で楽しんでおりましたが、練習の中でも、世代交代が進む地区とうまくいかない地区がある様子を論じたりしてました。

日本人の「和」の妙があります。密かな身内意識やライバル意識、それが字ごとにまた拡大して存在し、それでも4つの字が緊張しつつも集まって、次第に一つのメロディとリズムになって空気が振動を始める様子をすぐ間近で感じていただけたということでした。

バルタンさんご自身も地球上の住所は、じつはこのすぐ隣町なのに、これまで見る機会がなかったとのことでした。

日本の村ごとの祭りに代表される地域特性は、実はテレビ報道による「般化」によって失われていったというお話を伺いました。テレビを見るようになった日本人は、笑われるような方言を話さなくなりました。日本が統一化された代わりに、土地ごとの良さも失ってしまったというのです。

確かに、今の国内のどこにでもフランチャイズのレストランがあり、コンビニがあり、どこに行っても安心して食べられる代わりに、その土地でしか味わえない料理は高級なものになってしまいました。

人と人の関わりの煩わしさも、薄まった分、そこに根付いていた温かさも失ってしまったのです。年に一週間なら耐えられる?そんな期間限定の復旧モデル田舎人間関係体験。

最も失われてしまったものについて、考える時間になりました。ジョークでなく、「後の祭り」という地域がたくさんあるのは寂しいことです。

祭りの精神衛生的意義

今年も夏祭りの先頭を切って、箕田の虫送りが始まります。考えてみると虫送り以降、石取り、花火大会から盆踊りへと夏のイベントが続くのですが、梅雨明けをはらはら待ちわびながら、なぜ、毎年この時期にやるんだろう?と考えてみました。

田んぼの虫を集めてあの世に「送る」虫送りは、半農半魚(こんな言葉があるのかしらないけど)の村では、確かに大切な害虫対策だったのでしょう。蛍がでるくらいの時期ですから、害虫も繁殖する季節。一つは農業政策として効果があり、漁村としては台風シーズンの前に、字毎の結束を固めるためのイベントとしての社会的な目的があったのでしょう。(箕田の虫送りは漁村部の下箕田に限られているところから、穀倉地帯である町全域の祭りとしてということでは説明がつかない)

というのは社会学的な見方で、精神衛生学的に考えると、更に納得いく答えが見つかりました。

梅雨時期はイライラしやすい季節です。荒っぽい漁師さんの村では、一週間に渡り、酒を飲み、太鼓を叩き、笛を吹き続ける(もちろん昼間はお仕事)と、疲れ切って、一年分の元気を使い果たしている感じ。

太鼓はシンプルなリズムで、笛のメロディも難しくはありません。技巧に凝るような質のものではなく、アフリカやアメリカの先住民族の祭りに近い、単純明快な節まわしが、延々と続くところから、知性には頼るところは少ないので、瞬発力と持続力という単純スポーツに近い祭りであることがわかります。

自治会長さんが「わが村には非行が少ない。祭りが防止している。」と胸を張りますが、まさしく正解。おそらく、祭りの直前まで危うかったようなDVや非行傾向が、祭りで完全燃焼するのでしょう。

私も試しに2時間ほど練習で笛を吹いてみましたが、なるほど、複式呼吸のエアロビクス。女性にもお勧め。最初の20分ほどで疲れてくるので、いまどきの女子学生はすぐに携帯で遊び始めますが、頑張って続けているとアドレナリンの分泌が起きて、いわゆる「ランナーズハイ」を体感して延々と吹き続けることができます。(帰宅してもしばらく寝付けないほど、精神的には高揚していました。)

精神衛生上、こうした祭りは非常に大切なものだったのだと、改めて知りました。青少年の健全育成や社会技能向上に、村ごとの祭りの復活を!と講演でもお話しようとは、思いますが、ここからは社会教育上の問題・・・つまり世代間交流の問題が。

思春期に達した少年少女を大人が正しく上手に導くことが難しいのです。それはふぁすの研究のとおり、すでにそれまでの関係が良くないから。

またこの問題は時間があれば考えてみたいと思います。

祭りのない地域では・・・ま、カラオケパーティかな?代用療法として。支援室の子どもたちをカラオケに引率する方法を模索中。

「きゅうりの浅漬け」「焼きなす」

写真に取る暇なく、生徒達が食べちゃいました。あまりおいしいので、支援員たる自分まで・・・。

ただの調理実習ではないんです。この料理は、春から校長先生が耕してくださり、できる生徒たちで種まきや苗植えをした作物です。草取りや追肥など、校長先生が汗を流してくださった尊い野菜。狭い支援室で気分転換に草抜きや水遣りした、生徒達の収穫。無農薬でみずみずしい野菜を取り、調理室の外で洗い、それを使って、浅漬けや焼きナス、ベイクドポテトを食べる子供達は、育てる喜びと収穫の達成を実感したはず。

ちょっと突っ張って野外労働には従事できません、てな顔してる方の生徒達も、「できたら食わせて」うまいうまいとほおばること。

そこで待ってましたとばかり「校長先生がね、暑い中一生懸命作ってくださったんだよ。お礼言ってね。」(ここが重要な躾け)

立派な校長先生はたくさんみえるけれど、ご自身で畑で栽培した野菜を提供くださるほど愛と教育にみちた行動はないと思いませんか?経費削減でどこも財政は厳しいです。十分福祉的援助を受けている家庭の子供達が持ってこられない弁当の世話まで、いったい誰ができるのでしょうか?

でも昨年度終わりに教育長さんもおっしゃいました。「みんなお金ないよ。僕もないよ。でもみんなで知恵を出し合って乗り切ろうよ。」その言葉を、農作労働という形で実現してくださった校長先生。ただお金で買って寄付するよりもずっとずっと尊いことです。流した汗の分だけ、おいしくてぬくもりを感じる恵みです。

廊下に響く声でお礼を言っている、やんちゃ系の生徒たち。彼らはみんなで揃って手を合わせて「ご馳走様」を毎回してるんですよ。自分たちで声掛け合って。涙でます。

ありがとう!校長先生!

いろんな出会いが

人と会うのが仕事なので、いろんな人と会う。過去には自分の思い込みで接していて、がっかりすることも多かったので、今はとても中立な立場で、しっかりと共感はしつつも、「本当に事実??」とどこか冷静になっている聞き手だ。

あとから検証すると、どうにも身勝手な物語になったり、人格障害者だったとわかるような人も少なくない。ただどの人も会っている瞬間は真剣に向かい合ってきた。

子どもの発達障害を伝えるのに苦労するパターンも多い。家庭で目立たない困難を、保護者に理解してもらうのは難しい。

何年も関わりを作ってきて、ある日突然担任のところに「うちのこ、学習障害ですか?」とメールが来て、「ずっとそうだって言っとるやろ!」と叫びながらも、気がついてくれた悦びに職員室が沸いたこともあったり、任侠系のおっかない家族と聞いて誰もが引いているのに、実はわが子をしっかり叱ってくれる実に物分りの良い保護者で、じわじわ嬉しかったり、熱心に相談に来るけど、マシンガンでしゃべるお母さんの横で冷静なお父さん、ずっとメモとって、私の発言記録してる?間違うと訴えられちゃうの?と怖くなってきたり・・・。

今年互いに転勤先でご一緒になったとある女性校長。着任以来尊敬しつつ距離を置いてきたが、今日始めてゆっくりお話した。なんとなく精神系もお詳しい、なんとなく青少年系もお詳しいと伺っていると、有名な児童精神の病院におられたことや、県警の少年課などにおられたことを伺って納得。

そしてよそから戻って、学校現場に求められる教員への期待。教育への願いなどがとても近いと実感。

「警察も病院も起きたことへの対処ばかり。予防ができるのは教育だけ」という信念で仕事をしている。教員だけに限らないが、子どもに関わる人には「熱意・本気」が求められると校長先生。それがあればとにかく人は関われると信じる同士、すっかり意気投合。よき先輩にめぐり合え、嬉しい。

「だから問題意識のない先生みると・・」「腹たっちゃうの!」とユニゾンしてしまい、「先生キャラが・・・」「かぶるわね」と大笑い。

おっかない学校ですね。いえ頼もしいと言って下さい。先生には「上手に使ってください」とお願いして帰宅しました。

いろんながっかり、いろんなイライラ、でもまた新しい悦びもある。人と会う仕事は楽しいです。

義務と権利で育つか?

最近は権利ばかり主張して、自分の責任を考えないと小言をもらう。親からしてそうだから、子どもは当たり前。

では親が義務を果たして子どもにもそれを教えれば、うまくいくのだろうか?

大人になると厳しいことばかり。中学生になったら甘えててはいけない。と厳しい人生訓を持っておられる保護者と話すと、自分がとんだお気楽な人間に思えて申し訳なくなる。でも待って、そんな立派な保護者でも子どもが学校行けなくなってたりするのはなぜ?

子どもは来るべき大人への希望がまったく持てない。今でも必死なのに、これから大人になったら一瞬たりとも油断できない。義務と責任を常に考え、権利はしっかり主張して戦う・・・。

そんな人生楽しいの?なんてその家では考えることも許されないのでしょうね。人生を楽しむなんてとんでもない!

じゃあ、大人になるのはできるだけ先延ばしにしておこう・・・子どものつぶやきが聞こえてきます。

「うわあ、職員室だけ涼しい!ずっるいよ。」と叫ぶ生徒に向かって

「早くおとなになりな~」と余裕で応える先生は子どもにも大人になる希望をささやかに持たせてくれる。私は子どもより大人のほうが素晴らしいとたくさん教えてあげたい。

義務と責任を教えない親は論外で、子どもは他人に相手にされないが、それだけでも窒息してしまうのはなぜだろう。

生活をサンドイッチに見立てると(!)パンが義務、ハムが権利と考えよう。確かにそれがなければなりたたない。だが、マヨネーズやバターにあたる接着剤がなければばらばらになってしまう。

その触媒にあたるのは、何だろうか?

私は「希望」や「喜び」、つまり「楽しみ」の部分だと思っている。

子どもを「飼育」と「管理」で育てた人がいた。ご自身は日本を代表する超有名大学の卒業者でエリートだった。自分の学業は英語辞書のすべてのページにラインを引いて書き写して暗記するという徹底した自己管理能力の賜物であり、それを駆使して子どもを育てようとした。子どもは親のルールに従わなかったら、決めたとおり外で一時間立たされた。

「クリスマスプレゼントなくてもいいから、学校休ませて」と言ったからプレゼントはなし・・・とうとう子どもは精神病院に入院になってしまった。という事例を本で読んだ。

子どもは管理されても人間として育たない。クリスマスプレゼントは要らないから、それくらい学校が苦しいということを、子どもがわかって欲しくても、それが「甘い」と考えてしまえば、子どもは潰れてしまう。

大人はこっそり自分の息抜きをしているのに、子どもにはそれを許さない親が意外と多い。子どもが潰れないよう、たっぷり水とお日様の光を当ててやって欲しいと願う。

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