無料ブログはココログ

イベント情報

図書紹介

  • 図解でわかる心理学のすべて

« 祭りの精神衛生的意義 | トップページ | 夏休み目前 »

後の祭り、ではなく、祭りの後

110710_091801 伊勢湾名産の渡り蟹がどっさり。猟師さんの村ならではの豪快な浜ゆでの蟹をふるまってもらいました。

祭りが終わり、準備から片づけまで一体になって過ごした時間は終わりました。名残惜しげな仲間の打ち上げ。また一年、道であってもちょっと会釈するだけの遠慮した間柄に戻ります。物干しにならんだ法被がつかの間の「至高体験」を物語ってくれてます。

地位も名誉も収入も学歴もここでは役に立ちません。素朴な人間の力と意思と対人能力だけが祭りの中でのステイタスなのだと思い知らされる一週間。

110710_092002 村に代々住んでいる家族と、団地に新しく入ってくる家族が混ざり合う、現代の世代交代の課題を十分に持っている、ごく普通の村です。両親だけでなく祖父母が同居で、ご近所との競争が激しく、うんざりしている青年たちと、身寄りもなく、若夫婦だけで必死に子育ての拠点を築こうとする青年家族が、微妙に入り交ざり、太鼓を叩く順番にも実は順列があったりする、いかにも日本的な祭りの風景。

今年はハイライトシーンにバルタン先生をお迎えして、お祭りを実況解説で楽しんでおりましたが、練習の中でも、世代交代が進む地区とうまくいかない地区がある様子を論じたりしてました。

日本人の「和」の妙があります。密かな身内意識やライバル意識、それが字ごとにまた拡大して存在し、それでも4つの字が緊張しつつも集まって、次第に一つのメロディとリズムになって空気が振動を始める様子をすぐ間近で感じていただけたということでした。

バルタンさんご自身も地球上の住所は、じつはこのすぐ隣町なのに、これまで見る機会がなかったとのことでした。

日本の村ごとの祭りに代表される地域特性は、実はテレビ報道による「般化」によって失われていったというお話を伺いました。テレビを見るようになった日本人は、笑われるような方言を話さなくなりました。日本が統一化された代わりに、土地ごとの良さも失ってしまったというのです。

確かに、今の国内のどこにでもフランチャイズのレストランがあり、コンビニがあり、どこに行っても安心して食べられる代わりに、その土地でしか味わえない料理は高級なものになってしまいました。

人と人の関わりの煩わしさも、薄まった分、そこに根付いていた温かさも失ってしまったのです。年に一週間なら耐えられる?そんな期間限定の復旧モデル田舎人間関係体験。

最も失われてしまったものについて、考える時間になりました。ジョークでなく、「後の祭り」という地域がたくさんあるのは寂しいことです。

« 祭りの精神衛生的意義 | トップページ | 夏休み目前 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 後の祭り、ではなく、祭りの後:

« 祭りの精神衛生的意義 | トップページ | 夏休み目前 »