無料ブログはココログ

イベント情報

図書紹介

  • 図解でわかる心理学のすべて

« 児童虐待ってどんなこと? | トップページ | お出かけ »

「トトロ都市伝説」

少し前に、アニメ「となりのトトロ」に関する都市伝説が広まった。トトロは実は死神で、さつきとメイは実は死んだのだと言うストーリーだという噂だ。

あまりに広まったので、製作者側が否定のコメントを発表したほどだった。

都市伝説を検証するテレビ番組でも取り上げられていたようだ。宮崎作品をユング的に分析するのは、とても面白いと思う。海外で作品が高い評価を得ているのも、ユング的集団深層心理に訴えるものがあるからこそ。

オタクな自分がこれについて語るのは、またプシケーのどこかで、ということにしたいが、トトロがアニメとして注目を浴び始めた頃、自分もまた子育ての真っ最中で、繰り返し見ていたが、トトロをぬいぐるみキャラクターとして愛する子どもたちを、微笑ましく思いつつ、「不快感」を感じていたことを思い出す。

その不快感が集団深層に「死神」となって広まったのだと、わかった。その不快感の正体とは

鈍感な両親への不快感だった。

母親が重病なのに、父親にはその切迫感がなく、さつきが家事を頑張り、メイはほったらかし。もちろん仕事がある父親だから、仕方がないと言えば仕方がないのだが、父親があまりに淡々と日常を送っている姿に違和感を覚えた。

努力して子どもに不安を悟られないようにしている、ということなのかも知れないが、始めて映画を見たときから、トトロはメイの心のなかのファンタジーだということはわかった。ゆったりと甘えられない欲求不満を空想の世界へ逃避してそれが事件につながっていく。

その時の両親の子どもへの関心の薄さに、私はとても嫌悪感を感じたのだった。広い意味で虐待じゃないかと感じたものだった。

まあ、そう難しく考えなくていいじゃない。トトロによって支えられたんだからと、一般人は言うので納得していたが、ほらやっぱり、あの子たちは死神に連れ去られたんだよと、都市伝説を支持する見方もできなくない。

なぜさつきとメイは、母親に会いに行ったのに、病室にいないで、木から見ているのか?という疑問が都市伝説の一番の疑問点なのだが、まったくその通り。この世にいないから、という説明が一番説得力がある。

問題は、その時にも、「今、さつきとメイが笑った気がして」とのんきな会話をしている両親だ。

実は、実際の相談の中にも、こんな印象の保護者がたまにいる。先生はとても心配しているのに、まったくずれていて、問題意識のない親。善人でおおらかで、もし健康で健全な家庭なら、この両親の子育ては理想的なのだろうが、子供たちは寂しいを思いをしていることに、本当に気がついているのだろうか?

善人であることと、良い親であることは別のようだと、感じることが多い相談業務。一人ひとりは良い方だろう、友達ならいいのにと思っても目の前の子どもは、とても傷ついている。それに気づくことができないと、子どもは失われてしまう。

さつきとメイの両親と良く似た「鈍感さ」に苛立ちを、「千と千尋の神隠し」の両親にも感じる。もともと神隠しにあうことになってしまったのは、両親が店の料理を勝手に食べたから。子どもがどんなにはらはらしているか、ちっとも気づかない。そういう親が多いのだ、という作者の風刺がここにあるのだろうか。

ああ、あんな親、いるなあ・・・子どもの側にたった時、せつなくて見ていられないオハナシは日常あふれるほどある。ふぁすの保護者殿、今一度、わが身を振り返っていただきたい。

« 児童虐待ってどんなこと? | トップページ | お出かけ »

コメント

宮崎作品は結構好きで、トトロを観るたびに主人がこの都市伝説の話をしていたが、半信半疑で聞いていた。でも本当にそんな話が出てたんですね?!(なっきーの話なら信じられるのは何故だろう? 苦笑)

でも確かに千ちひの両親には、「え~そらあかんやろ~?!」と感じたし、ポニョでも、大嵐の夜に、幼い子供を家に残し、母親は勤務先へと出かけていく。「置いて行って大丈夫なの??」と普通に思った。まあ、お話しだから…とも思ったが、監督がどんなことを考えて作っているのか、とか読み解くのは、面白そうですね。

実際の自分に照らし合わせてみて、自分ではOKと思ってても、他の人から見たら、ほったらかしじゃないの?!と思われてたりすることもあるかも知れない。いつも思うけど、過保護でもなく、ほったらかし過ぎでもない、ちょうどいいところを見つけるのが、私には結構難しいwobbly

過保護か放任かは、判断は難しいよね。
死に至らしめる放置をしても、それ自体を罰する法律は日本にはないと聞いて、驚いたけど、それはこういうことかなと。

事情が許さず忙しい人はたくさんいるし、放置=虐待とは限らないということ。
「虐待ってなんだろう」のスレッドでも書いたけど、親は熱心でも子供から見たら苦しいということもあるわけだし。

私がトトロを見て感じた不快は、「子供の気持ちに沿ってないのでは」という感覚。
子供がさびしいと思っているのにそれを感じ取れない流れに見えたということなんです。わかるかな。

十分わかっていて、鍛えるために放置することも、私は結構してるかなと思うので、それならOK.

そして「寂しかった?」とか気持ちを確かめ合ったり触れ合う時間があれば、忙しく自立を促進するのもいいことです。


むむむ・・・。そうすると、トトロ&千ちひと、ポニョでは、親子の関係はまた違うのかも知れない。
子供の心の動きに敏感であれということでしょうか。その上で、時にほったらかしだったり時に過保護だったりしても、ひろ~く全体的に見て、バランスがとれている様に調整したらいいのかな。

そうです。
ポニョのおかあちゃんは、乱暴な感じだけど、しっかり宗介の気持ちを汲み取っていたと思う。
その上での冒険は微笑ましい。

メイの冒険をなぜ素直に応援できないかというと、親の無関心の果ての幻想だから・・という印象なんですね。

それを姉というだけで、母代わりをしているさつきもかわいそう。お見舞いには行ったけど、あの母親の態度はなんなんだ?と。

1950年代くらいの親子関係っていうだけでは説明つかないよね。寛太とばーちゃんの関係は微笑ましいけど。

あの、「鈍感」が致命傷。そういう親が本当にいるので。

トトロは部分的にしか見たことなくて、よく知らないのですが、「千と千尋…」は映画館で観ました。
で、母親の態度にすごくびっくりしたのを憶えてます。
ストーリーの初め、車に乗り、引越ししていく千尋。私も小学校の時に転校したことがあるので、千尋に自分を重ねて映画を見ていたので、車を停めて暗いトンネルを親子3人で歩いて行くとき、
「歩きにくいからそんなにくっつかないで!」と、母親が千尋にキツイ調子で言ったのに、びっくりしました(気分は千尋、だったのでもー、自分が言われたみたいに)
何が出てくるかわからない真っ暗なトンネル。
怖くてお母さんにくっついているのに。

千尋の「不安」な気持ちより、自分の歩きづらさが優先なんだ…。

でも、今、子供の母になって、ふと!
余裕なくって、いっぱいいっぱいになっている時、
子供の気持ちに寄り添えてないな(自分の気持ち優先!)って時、あります。。。
ああ、反省(と、いつも布団の中で思う悪い母です)

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1019967/42273842

この記事へのトラックバック一覧です: 「トトロ都市伝説」:

« 児童虐待ってどんなこと? | トップページ | お出かけ »