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ルーツをたどる旅?

こんにちは。なっきーです。
冬休みになって3連休。いかがお過ごしですか?
とっても寒い日が続いたので、こんなレポートです。
我が家ネタでごめんね。

連休2日目だが、今日も鈴鹿は冷たい時雨れ模様のため、三重のリビエラと勝手に呼んでる南勢地方へ。

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実は、前回伊勢の実家に行った際、両親から気になる話を聞いた。
姑の旧姓は朝熊と書いて、あさま、と読む。金剛証寺のある朝熊山と同じだが、先祖は金剛証寺の住職だったという。その朝熊山には、奥の院までの道に無数の卒塔婆がたっており、今も伊勢の住民は人が亡くなると葬儀の最終儀式として朝熊山に卒塔婆を立てに登るのだ。
伊勢志摩地方の人々の魂は、伊勢志摩スカイライン展望台にほど近い金剛証寺から昇天すると言うことなのだろうか?
しかも卒塔婆は住所が決まっているという。
それらは地元の人たちにとっては常識らしいが、舅が調べたところでは、弘法大師開祖のその寺には、葵の紋があるのだ。つまり、徳川家に由来があるわけだ。
じいちゃんが語るには、
あのな、奥州のあれあれ、(もしかして、伊達?)そうそう、伊達政宗の娘とな、徳川家康の馬鹿息子が駆け落ちして、金剛証寺に流れて来たんさ。
うっそ!じゃあ、ばあちゃんの先祖には徳川家康と伊達政宗の血が流れとるの?!((((;゚Д゚)))))))
てなわけで信じられない私たちは、ネットで色々調べてみた。
家康の六男と政宗の長女が関係があったことと、六男が朝熊山に流されたという史実はあるらしいことが分かった。
葵の紋は五代将軍綱吉の母が寄進したことが由来と分かった。
徳川家から住職の朝熊につながるかの証明は難しいものの、海苔養殖で生計を立ててきた名もなき庶民と思ってきたご先祖がいきなりメジャーに近くなりエキサイトしてしまった!
生臭坊主で破門されて山を降りた住職とか、勘当された馬鹿息子とか、残念なキャラもうちらしいではないか!

じいちゃんがばあちゃんを大事にする姿を、お姫様やもんでな、と言い訳していたことや、二人の息子にそれぞれ、康、弘の字をつけた意味も、ただの歴史オタクではなかったのだと、やっと分かった!じいちゃんは信じていたのだ。

そんなわけで、一度、ルーツの朝熊山参拝に行った。

山門くぐると赤い太鼓橋から向こうは彼岸つまりあの世と書いてある。
さらに、極楽門から奥の院までは卒塔婆の立ち並ぶなんとも異様な重苦しい風景。
そう、ここは九鬼水軍の将、九鬼嘉隆の五輪塔もある墓地なのだ。
ちゃんと番地が分けてある。

説明によると、人はあの世には行かない、この森にいる、という。

まさに冬至の極寒に霊界体験ツアーをしてしまったわけだ。

濃いわ。

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