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”仕事”か”遊び”か、それとも『仕事遊び』か?

いちです。
年末も過ぎ、新年明けまして…も過ぎ、ず~っと気になっていた、未だ汚れたままの我が家の車。先週末は予定のない休日、なかなか暖かい日和、ときたので、思い切って洗車することに決めた!

車内のゴミ拾いに始まり、掃除機がけ、マット洗い。私が掃除機をかけている間に、マットを洗う仕事は子どもたちにお願いした。期待外れと言おうか、案の定と言おうか、マットは必要以上の水浸し、子どもたち自身も水浸し。途中幾度となく怒鳴ったり、注意したり、怒ったり、たしなめたりして、なんとかマット終了。そしてやっと、本番の洗車へ。この時点で私は相当へとへとだが、マット洗いの時に子どもたちが引っ張り出してきたあるものを見て、これは使えるかも!と、楽しい予感。

早速、水鉄砲洗車、ジョウロ洗車、してもらった。何度も車のボディに水鉄砲やジョウロの先端をゴツゴツとぶつけるので冷や冷やしたが、何とも楽しそうに、水掛け終了。この時すでに服はびしょ濡れなので、いったん着替えて第2戦、拭き取り作業に入った。ここでも子どもたちは、遊ぶ、遊ぶ、遊ぶ…。なんだかんだとお昼すぎまでかかって、何とか目的の仕事をやり終えた。

家の中に戻って遅めの、昼食…とはとても恥ずかしくて言えない、インスタント麺とおにぎり。けれどとても美味しく、ありがたい。いつもは食の細すぎる次男も、良く食べた。働いた後のご飯は格別だね。

私にとっては本当に大仕事になったが、子どもたちにとっては、どうだったのだろう?仕事だった?遊びだった?途中何度も何度も怒鳴られて、怒られて、やっていた。やらされていた?いつもいつも思うこと。「こんな風に怒鳴りながらお手伝いをさせることが、お互いにとってプラスになるのだろうか?」私もしんどく、子どもたちにも、”やらされてる”思いしか残らないのでは?
お手伝い自体を本当に楽しめる子、上手にお手伝いをさせられる親って、いる。でもうちは、お互いに下手。だから怒鳴りながら、となるのだが。

以前になっきーがこのブログで、『遊ぶ大切さ』という記事を書いてくれたことがあった。マズローのピラミッドの変形で、倉光修先生がおっしゃっていたことを紹介してくれていた。『人は「生きる」ができて、「遊ぶ」ができて、「学ぶ」ができて、やっと「働く」ことが出来る』と。
これを聞いた時、我が子は「遊ぶ」ばかりで、いつになったらその先へいけるのだろうと、不安に思ったものだった。遊びに対する欲求が高く、満足度の低い子ほど、上手に「学ぶ」「働く」へ移行することができないのなら、我が子は相当大変だ、と覚悟を決めたような、決められなかったような…。このお話しを聞いたのが一年くらい前だろうか。では、一年たった今は?というと、一年前とあまり変わらない。相も変わらずケジメなく、遊ぶ。まあ…自分を振り返って見てみれば、仕事より遊びが好き!なのは親譲りか。ならば今更しようがないか。
親の性質も、子どもの性質も、きっと一年前とほとんど変わっていない。けれども子どもたちが実際に、大人の助けとしてでできることは、確実に増えてきた(やるかやらないかは別として)。それに伴って、親の期待も膨らんでしまう。

この洗車行事が一体、「仕事をした」のか「遊んだ」のか「仕事ごっこをした」のか、どれだったのかはわからないけれど、全身使って動いた後のご飯の美味しさを一緒に味わうことができた。そしてピカピカに光る車を見て私は本当に嬉しくて、「二人のお陰できれいになったよ。ありがとう。」と、心から伝えることができた。

小春日和の休日のあの時間が、子どもたちにとっては仕事ではなくて、楽しい楽しい遊びの時間だったなら、いい。
実際に洗車をしている時の私は、怒鳴って喉からして、子どもたちには遊びとは一線引いた、”仕事”をさせたかったのだけれど、終わってみれば、美味しいご飯の時間とピカピカの車に、”遊び”であってもいいと思ったのだから、不思議。

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