無料ブログはココログ

イベント情報

図書紹介

  • 図解でわかる心理学のすべて

« 兄弟姉妹の心理学レポート | トップページ | ネモクラブ10月例会のお知らせ »

誰のために戦うか

なっきーです。

台風の熱気が過ぎて、また秋が深まる感じですね。

二人の大学生を抱える我が家は、秋学期が始まる9月中旬になってやっと平常運転。夏休みをはさんで、交流が広まり深まったことは有難いですが、神奈川とこちらを何往復したのかな?

子育てだけをしていたらできなかったたくさんのチャレンジも出会いもありました。その一番のトピックはやはり相馬のゆうゆうクラブを訪れたことでしょう。ネモクラブの機動性と何かリンクできないものか、考えています。

ネモと言えば、

今年手伝いに入ってくれた二人の大学生との出会いがとても楽しかったですね。ネモの高校生を連れて息子と娘のアパートに行ったときに一緒に遊んでくれたので、私もそこで顔と名前が一致したのですが、4年間も長男と過ごしてきただけあって、信頼できる関係の学生たちでした。ユーモアセンスと配慮が際立つ青年の頼もしさを実感しています。

うちの一人は国防の道に進むことが決まっています。彼とじっくり話をしたとき、失われつつある日本の良さを守りたい、今の良さを変えたくないから自衛官になってあるべき国防の姿勢を維持する側に立ちたいという高い理想を聞いて、驚いたものです。

平和という概念は存在しない、文化によって概念が異なるから。守りたいのは「安全」であると名言できる定義を踏まえての議論でかなり白熱しました。

正直、いまどきの学生にそんな気高い理想など期待もしていなかっただけに、道徳や正義について語り合える学生を(わが子以外で)見つけて嬉しい驚きでした。

確かに、日常の生活は一見、何気なく当たり前に流れています。でもささいな事故やちょっとした怪我や忍び寄る病気などでいとも簡単に崩されてしまうものです。子どもを育てるようになると、平穏無事という言葉の有難さをかみ締めるものです。

日本の安全保障も、当たり前に水と安全があると思っているのは日本人の甘さであると度々指摘され、国防のあり方についても議論を求められているわけですが、「敵」が外から攻めてくるとだけ考えるのはウルトラマン程度の発想であって、一番戦わなければならない「敵」は意外と一番身近にいるかもしれない、そんな話を語り合うことも大好きななっきーですが、改めて考えてみると、私も戦う人間なんですね。それに気づかせてもらいました。

何と戦っているかというと、「大人の側の都合」そして「構造」です。

子どもを殴る親から子どもを引き離すだけでは解決しないと考えています。虐待のおきる構造を変えて、子どもを殴らない親になってもらう働きかけを福祉と教育が今、必死にしているのです。その努力を度々阻むものが、組織連携の間にいるオトナたちの都合であり、頑なさであり、知識や理解の不足です。

敵は怪獣の形をして襲ってきたらわかりやすいのですが、日々自分を誘惑する弱さだったりすると戦うことは難しいものなのです。そこに風を通したり、励ましあったりすることで望ましい生活を作っていくことが、スクールカウンセリングの本質だと思っています。

戦う者として仲間を作って行きたいと願いました。たいていの人は、いつも自分で手一杯。他人のために戦える人はそれなりに恵まれた資質と環境が許されているのです。私自身もそれを天から与えられた仕事だと考えているので、それをやっている間は何も怖いものはないのです。自分の利益、自分を守るために働くとたちどころに躓いてしまうものなのです。

若さゆえの志の高さとしても、それを大事にして欲しいなあと実感しました。

私は彼に敢えて言いました。

「戦うって、誰と戦うの?何が君の『勝ち』なの?」

ぜひ考え続けて欲しいと思いました。そして全然戦えない人も世間にはたくさんいるんだということに思いを馳せ、その人たちの代わりに戦う人になっていって欲しいです。そういう若者を増やして行きたいと、願うようになりました。

« 兄弟姉妹の心理学レポート | トップページ | ネモクラブ10月例会のお知らせ »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1019967/57493583

この記事へのトラックバック一覧です: 誰のために戦うか:

« 兄弟姉妹の心理学レポート | トップページ | ネモクラブ10月例会のお知らせ »